欧州文化首都とは

8月に約1ヶ月間、欧州の都市を回る計画を立てている。これまでは西欧の主要都市ばかりにいっていたので、今度は東欧や、西欧の中でも地方都市とされる場所に行きたいと思っている。わたしは、これまでたくさんの国に行ってきたが、なぜか首都より第⒉、第3の都市が気に入ることが多い。理由は色々考えているが、後々ちゃんと言葉にできるようにしたいと思う。

地方都市をえらぶ参考として、欧州文化首都の存在を知った。ここに選ばれた都市はどんな特徴があるのか、その後はどうなったのか。できるだけたくさん訪問してレポートするつもりだ。

まずは、欧州文化首都とはなんなのか、このプログラムについて詳しく書かれている論文をまとめた。

 

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ヨーロッパ人にとっての建築原体験とは

インターン先の事務所の手配によってスイスの建築家、ピーター・メルクリの講演を聞く機会があった。

 

英語の通訳を通して聞いていたので、話した内容の4分の1も理解していなのだけれど、その中で以下の3点が印象に残った。

  1. ETHにある家(ファサードが左右対称の妻入りの家型。作品名忘れた)の写真が、(おそらく)アルヴェルティのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂と同じスライド内に収められていた。→このあと、ファサードの話になる。
  2. "If people like street or their neighbor, the house walls will be individualized." (通りや隣人が大切ならば、その通りの住居壁(住居と通りを隔てるファサードの集合)は固有のものになる)、という言葉。
  3. 浮世絵等の日本の芸術について言及。"few line", "minimalistic"が美しいというような話。講演の締めくくりには、なぜか日本の現代音楽家久田典子さんの楽曲の動画をながして終了。

 

ヨーロッパに留学している私は、日頃から、日本人建築家とヨーロッパの建築家はなにが違うのだろうと考えている。1.と2.を聞いて、実感として浮かんだものは、”彼らの建築的原体験はやはりファサードである”ということ。そのうち、自分の考えとしてまとめようと思う。

3.について。ヨーロッパの建築家たち、および街の人々は私の想像以上に日本に対して関心を持っているらしい。人と話している時、店で買い物をする時、なにかと「JAPAN」を引き合いに出してくる。日本人として、日本文化や芸術の面白さは今までも感じてきた。それがこちらの人々にどんな風に映って、どんな刺激を与えているのだろうか。19世紀にはじまったjaponismは、今も健在なのだろうか。

 

 

余談として、ピーター・メルクリは平面図が徹底して左右対称なのが面白かった。同じスイス・ドイツ語圏の建築家で、名前も同じピーター・ズントーは、感性に訴えるような(ポエティックな)建築をつくるイメージがあった。スイス建築には、メルクリの平面のようにロジカルな面もあることを知り、俄然興味が湧いた。

建築の「良さ」とは何なのか⑴

インターン先の社員旅行で、今月2度目となるパリに行った。

 

そして3年ぶりとなる、ル・コルビジェのアパートへ。

午後には、OMAが設計して、最近オープンしたーという小さな美術館へ行った。

 

この二つの作品は、時期も思想も全く異なる建築ではある。私はこれらの建築を通して、建築のディテールについて考えた。

 

コルビジェのアパートは、照明器具や作り付けの家具や収納、壁の塗装に至るまで、緻密にデザインされていた。そのデザインは、このアパート一室のためだけのオリジナルの設計方針によって、一貫した思想を持って設計されているように感じられた。

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それゆえに、複数の色や素材が用いられているにも関わらず、それらはすべて全体のアクセントとして機能していた。

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私は、このアパートにいてとても気持ちが良かったし、好きな建築だと思った。

 

他方、OMAの美術館は、正直入った瞬間からあまり好きにはなれなかった。

この建築もまた、ディテールに凝ったものだった。だけど、コルビジェのものと違うのは、それらディテールにまとまりがなく感じられたということだった。

四角いクッションを座椅子のように並べたベンチ、安物の合板でできた階段とアンティークの手摺、展示用のガラスを柱にベルトで固定するなど、どれもアイデアに満ちていた。

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設計した人たちは、1:1モックアップを作って、実験したのだろう。想像するに、きっと楽しかったのだと思う。

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でも、全体としては私には安っぽく見えてしまった。同行した事務所の人は、これはコラージュだ、と行っていた。コラージュとして、こういったアイデアの寄せ集め、ガラクタの寄せ集めを意図的に作った、というのなら、確かに成功していると思う。

ただ、美しくはなかったし、気持ちよくもなかった。散漫だった(具体的な原因の一つとして、照明が蛍光灯だったこともあるのかなと思う)。

 

この二つの建築は、どちらも細部にまでこだわった建築で、おそらく原寸大での検討か現場での調整が行われている気がする。異なるのは、一貫した思想で構築されているか、単なる自己満足で終わっていないか、という点だと思った。

そして何より、建築に入った人が、気持ち良いと感じられるか、という評価基準があったか、ということだと思う。

 

私はOMAの建築が好きで、今の事務所にインターンの応募をする前に、OMAに応募していた。というかむしろ、真っ先に応募した事務所であった。

OMAはいつも斬新なデザインを発表し、人間と建築の新たな関係性を模索している建築事務所だと思っている。

重力に反する形態、奇抜すぎる色彩、建築ダイアグラムをそのまま立ち上げたかのような建築は賛否両論あるが、常に議論の的となり、多くの建築家と建築学生に刺激を与えている。

 

今回のように美術館と住宅を比べるのは、色々と条件も違うので無粋かもしれない。あと、展示内容によっても見え方はかなり変わってくると思う。

ただ、やはり私ならば、気持ちいい・美しい、と思える建築が良い建築なのだ、と確信した出来事だった。

栗に似たウニはあるか

水曜日のダウンタウンを見ていた。

「水族館の水槽ウニの代わりに栗が入っていても気付かない説」である。

 

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水槽にウニの代わりに栗が入っている




本編では、普通に気づかれていたが、ウニもたくさんの種類がある。

ウニの種類は約870種。きっと、栗と区別のつかないウニもあるだろう。

 

チリウニがそれである。

 

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チリウニ

 

チリウニとは、名前の通りチリで取られるウニで、冷凍輸入が主。

これまでは「まずい」との悪評もあったそうだが、美味しくなってきているらしい。

しかも安価だそう。

 

栗と比べるとどうか。

 

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間違い探し

 

これなら、説は立証されるだろうか。

論語 個人的名言集⑴

高校時代、国語の中で漢文が一番好きだった。短いなかに、結構役に立つことが書いてある。

下手に巷の啓発本を読むより、論語なんかを読んだ方がシンプルで良い気がした。

 

ということで、途中まで読んで気に入った文章をピックアップ。

 

その1

孔子「賜(子貢)よ、お前はいいところに気がついた。それでこそ共に詩を談ずる資格があるのだ。君は一つのことがわかると、すぐつぎのことがわかる人物だね。」(十五(十五))

 

感想:まっすぐな褒め方。

 

その2

先師が言われた。ー

「私は十五歳で学問に志した。三十歳で自分の精神的立脚点を定めた。四十歳で方向に迷わなくなった。五十歳で天から授かった使命を悟った。六十歳で自然に真理を受け容れることができるようになった。そして七十歳になってはじめて、自分の意のままに行動しても決して道徳的法則にそむかなくなった。(四(二十))

 

感想:一生かかって達成できるような目標や人生設計を作るぐらいが飽きず焦らず生きれそう。

 

 

論語 (岩波文庫 青202-1)

論語 (岩波文庫 青202-1)

 
ドラえもん はじめての論語

ドラえもん はじめての論語

 
現代訳論語
 

 

物乞いにお金をあげるべきか

ヨーロッパの物乞い

ヨーロッパ、特にベルギー、ブリュッセルには物乞いが多い。

日本と違うのは、それが大人の男性だけではなく、女性や子供もたくさんいるということだ。

彼らは、難民として中東やアフリカから逃れてきたり、ルーマニアなどのEU圏内の比較的貧しい国から仕事を求めてやってくるらしい。

初めてブリュッセルにやってきたときは、相当の衝撃を受けた。毎日毎日、女性や子供たちが紙コップを持って「你好」と声をかけてくる。

先進国なのに、こんな悲しい光景が日常になるなんて、思ってもみなかった。

 

筆者は、まだ彼らにお金を恵んだことがない。

中学生の時に、インドにボランティアにいったとき、たくさんの物乞いに出会った。周りの大人から「一度、お金をあげると、何度もしつこく要求してくるから、恵んではいけない」言われた記憶があるからだ。

 

でも、ブリュッセルの物乞いは、そういうタイプでもなさそうに見える。

毎日、彼らをみていると、お金を恵むべきかどうか、迷う。

 

お金を恵むべきか

なぜ、そんなに悩むのか。物乞いにとって、わたし自身にとって、お金を恵むことがどんな意味を持つのかを考えてみたい。

 

まず、物乞い視点で考える。お金を恵んでもらえれば、

1ー1、その日一日が楽になる

2、つかの間の安心が味わえる

一方で、

3、お金を使い果たせば、明日からは同じ毎日

1ー4、人生を変えられるわけではない

 

では、恵む側の視点ではどうか。お金を恵むことで、

2ー1、相手の一日を少し楽にできる

2ー2、彼らと無関係ではなくなる

一方で、

2ー3、少しのお金が消える

2ー4、相手の人生を変えられるわけではない

2ー5、全ての物乞いを救えるわけではない

 

「22、彼らと無関係ではなくなる」、という視点はとても重要に感じる。

一人の物乞いと接点を持つことで、わたしはこれから彼ら、彼女らを十把一絡に物乞いとみなすことはなくなるだろう。たくさんの物乞いのうち、誰か一人が重大な犯罪を犯しても、物乞いだ、ということで憎むことはなくなるだろう。

それは、本当に重要なことだ。

 

近いうちに、誰かにお金かパンを恵んでみる、、、かもしれない。

その時は、相手の名前を聞いて、生涯忘れないことにしよう。

(けど、なんとなくあげない気がする。たぶん、彼らはわたしが思っているより強か。)

 

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物乞い(転載)



<別の視点>

Nyfiken 「ヨーロッパの憂い―街角に増える物乞いたち」(2014.5.16)

https://nyfiken.exblog.jp/22059417/

学生と音楽のまち 5区・ソルボンヌ地区

先日パリにあるサン・エフレム教会という小さな教会に音楽を聴きにいってきた。

 

パリは中央の中心から螺旋状に20区の行政区が定められている。

 

それぞれの行政区は以下の地図参照。

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パリの行政区(転載)

 

サン・エフレム教会はパリ5区の北西、ソルボンヌ地区に位置している。

いってみると、サン・エフレム教会だけではなく街全体が音楽にあふれた地域だった。

たくさんの楽器屋やレコードショップ、レストランの小窓にはチェロの置物が飾られていたりした。

サン・エフレム教会は小さな教会だが、演奏会のポスターはパリ中のいたるところに貼られていて、小規模ながらもまちの人々に支持され、積極的な音楽活動をしていることがうかがえた。

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サン・エフレム教会(筆者撮影)

 

なぜこんなに音楽が溢れているのか。理由は三点ある。

第一に、ここが学生のまちだということ。そもそも5区はパリの中では学生の街として知られているが、特にソルボンヌ地区は大学が多い。パリ第一大学をはじめとする数多くの大学のキャンパスが点在する。感受性の高い学生たちは、未知の音楽を積極的に吸収できる。

第二に、ここより南に行くと芸術のまちモンパルナス地区があるということ。単純に、近ければ集まりやすいということだろうか。

第三は、あくまで筆者の感想ではあるが、この地区の地形である。ここには曲がりくねった路地や緩やかな坂道がたくさんあった。狭い路地に好奇心を刺激されると同時に、なんとなく居心地が良い感じがして、ゆったりと音楽を楽しむにはちょうど良い場所のような気がした。

 

パリを散歩すると本当にたくさんの発見がある。これからも幾度か訪れては、今まで知らなかったパリの姿を発見したい。